大峰奥駆道 (本宮〜吉野)

2007年4月27日〜5月4日
久保・藤岡・上村


 永年の夢であった奥駈全行程の縦走を試みた。特に信心深い訳ではないが、大峰台高をホームグラウンドとしている人間にとっては、一度は歩き通したい道である。
 今回は久保さん&藤岡さんという心強い味方を得て、熊野本宮を出発点とし吉野山をその終点とする(正確には近鉄六田駅付近、柳の渡し)順峰に従った。(尚、吉野から熊野への道は逆峰という。)                             
★山行日  :2007/4/28 (土) - 2007/5/4(金)
★場所   :大峰奥駈道(順峰 熊野本宮〜吉野)
★メンバー :久保、藤岡、上村
★コースタイム
 4/28 天王寺(8:49発)→紀伊田辺(10:43着)特急くろしお3号→
熊野本宮大社(龍神バス)14:20→15:25七越峰15:35→16:25吹越宿跡(泊)

 4/29 吹越宿跡5:30→大黒岳6:55→金剛多和7:10→五大尊岳8:35→9:25岸ノ宿9:40→
    大森山10:30→11:20玉置辻11:30→12:30玉置神社13:15→玉置山14:00→
    15:45稚児ノ森(泊)

 4/30 稚児ノ森5:35→香精山7:50→拝み返し8:30→9:00地蔵岳9:30→
10:30笠捨山10:55→12:00行仙宿小屋12:40→13:15怒田宿13:30→平治宿14:30→
    17:10持経宿(泊)

 5/ 1 持経宿7:30→13:30深仙ノ宿(泊)

 5/ 2 深仙ノ宿6:45→7:40釈迦ケ岳7:50→10:30楊子ノ宿小屋11:15→八経ケ岳14:05→
    14:40弥山小屋(泊)

 5/ 3 弥山小屋6:10→トンネルロ出合7:30→7:55一ノ坪8:10→9:30行者還岳分岐9:45→    稚児泊11:00→11:25国見岳11:45→12:35大普賢岳12:50→13:50阿弥陀ケ森
    14:00→15:30 山上ヶ岳15:45→17:00洞辻茶屋下(泊)

 5/ 4 洞辻茶屋下5:00→五番関6:00→大天井岳6:40→7:40二蔵小屋7:55→
    9:10四寸岩山9:20→11:10金峯神社→帰阪

★内容
 4月28日(土)
 一番の靡である熊野本宮大社に今回の山行の無事を祈願して出発。168号線を少し南に下がった備前橋を渡るあたりから小雨がポツポツと降り始める。七越峰手前から舗装道が終わりを告げて山道になり、いよいよ奥駈の始まりである。ここは公園になっており、水場はあるが飲むことは出来ない。吹越峠から吹越宿跡へと向かい、ここを初日の宿としてテン卜を張る。

4月29日(日)
 吹越宿跡を出発してまもなく、山在峠辺りから本宮方面を振り返るとすばらしい雲海が広がっていた。大黒岳、金剛多和と過ぎた次の五大尊岳は山頂の表示が2箇所にあり、どちらが本当の山頂なのか分からなかった。その後大森山を過ぎた後、アップダウンを繰り返す内に玉置神社直下の一般車道に合流。そこから一息で玉置神社に到着、参拝してお神酒を頂き、社務所横でたっぷりの水を補給する。これで明日の夜まで過ごさねばならない。囚みに持参したポリタンは3名で15Lである。玉置山の山頂を踏んだ後は京ノ谷大谷林道(一般車道)と平行して歩く。途中天水利用のトイレがあって水の人手は可能。(但し飲料には適さず。)一般道と別れを告げる稚児森でテントを張る。

4月30日(月)
 今振り返ると、この日が一週間を通して一番辛い行程であった。香精仙〜拝み返し〜地蔵岳〜笠捨山と続くアップダウンはかなりキツイ。地蔵岳周辺には若干のクサリ場もある。又、槍ヶ岳には「水場5分」の標識があった。(入手可能かどうかは未確認)笠捨山から一気に下り行仙宿へ辿ると、この日は新宮やまびこグループの方が小屋と登山道の整備に来られていた。「水は大丈夫か?」と声をかけて頂だき2Lを頂戴する。道の整備だけでなく、登山者への配慮には頭が下がるばかりである。ありがとうございました。その後もアップダウンを繰り返しで持経宿に着いたときはふらふら状態。今晩が今回の山行で始めての小屋利用となる。水場も小屋から400m池郷林道を下ったところにあり、汗を拭う事が出来た。無人小屋だが、非常食やら毛布やらが準備されていて至れり尽せりである。但し、利用料は最低1、000円。ここも新宮やまびこグループの管理である。

5月1日(火)
 夜半に降り出した雨は朝になってもやむ気配が無い。どうしたものかと悩んだ末に釈迦ヶ岳手前の深仙ノ宿まで行くことにする。登りだして暫くすると雨が激しくなってきた。この辺りは本当に修験道の登山道らしい名前の山が続く、阿須迦利岳〜証誠無漏岳〜涅槃岳〜般若岳等など。般若岳周辺にはコバイケイソウの群落が、又、石楠花岳にはその名の通り多くのシャクナゲが見られた。寒さに震えながら深仙ノ宿に到着。避難小屋に入るが、隙間だらけの小形は相当に寒い。その為、小屋の前にテントを張って暖を取ることにする。

5月2日(水)
 夜中の1:30頃から風雨が激しくなってきた。すっきりしないガスの中を歩き始める。釈迦ヶ岳の頂上には、そこにあるはずのお釈迦様が無い。修理中で只今下山中とのこと。尚、この釈迦像は当時「鬼マサ」と呼ばれた岡田雅行という怪力無双の強力が、大正13年に一人で担ぎ上げたものであるとの事。
 釈迦ヶ岳を後にして孔雀岳を進む。ここでは、少ないながら「孔雀のカクシ水」で水を取ることが出来る。楊枝の宿は2階建ての立派な避難小屋で、ここでうどんスープを飲んで体を温めた。この辺りからは本来七面山の岩壁が見えるはずなのだが、残念ながらこの天気では望むべくも無い。その後は関西の最高峰である八経ヶ岳のピークを踏み、今夜の宿である弥山へと向かう。オオヤマレンゲの自生地として有名であるが、シカの食害の為に多くが枯れて倒木となっている。行政側もネットを張ってシカの侵入を防いでいるのだが、この手法が正しいのか疑問を感じた。弥山のテン場は、草地の為快適そのもの。500円/一人の料金。久しぶりのビールに、寒さを忘れて3本も飲んでしまった。

5月3日(木)
 目覚めた時はガスがかかり風があったが、出発時点ではいい天気になってきた。昨年末にテントを張った行者還トンネル出口を過ぎ一ノ垰から行者還避難小屋へと進む。好天の下、コバイケイソウの群落の中の稜線歩きがこの辺りまで続き、昨日・一昨日と違い快適そのものである。七曜岳〜国見岳へと過ぎ、正午過ぎには大普賢岳に到着。出来る限り吉野に近づこうという事で、ピークを後にする。阿弥陀が森から小篠宿へ。ここで水を補給。山上ヶ岳では多くの山伏装束の信者を目にした。大峯山寺に参拝後、洞辻茶屋を少し過ぎた辺りにいいテン場を見つけた為、ここを今夜の宿とした。

5月4日(金)
 長かった縦走も今日が最終日。昨日まで問題なかった足も、2日間の雨で濡れた靴の為か両足裏ともにマメだらけでまともに歩けない状態。藤岡さんも縦走2日目からかかとの後ろに出来たマメがひどい状態になっていた。それでも今日一日で奥駈が終了するという気持ちに支えられて一歩一歩進んでいく。大天井ヶ岳からは金剛・葛城の山並を見ることが肝来た。二蔵宿〜四寸岩山〜青根ヶ峰を過ぎ、金峯神社には11:10に到着。本当は近鉄六田駅近くの「柳の宿(柳の渡し)・七十五靡」を最終地点としたかったが、痛む足ではこれ以上無理と判断してここを今回の山行の実質的な終了地点とする。その後、金峯山寺蔵王堂近くの温泉で一週間の汗を流す。1、500円也。食事の後、金峯山寺蔵に無事奥駈を歩き通せたことへの感謝の気持ちを伝え、今回の山行を終了した。

 一週間の長期縦走の内になんとなく心が表れるような気がしました。それは役小角以来、奥駈追が永きに渡り修験道の根本道場であり、信者で無い自分でも精神・肉体を酷使することでそのその一端に触れることが出来たからだと思います。又、9日間という休暇が取れたこと、一緒に歩いてくれる仲間に恵まれたこと、新宮やまびこグループの方々のボランティア活動により登山道が整備されていたこと等、感謝することで一杯です。ありがとうございました。次の目標は、冬期全山縦走かな????


(上村)